「メフィ!!話がある!」

メフィストフィレスの自室の扉を、ノックもせずに開けたのはルシフェルである。
そのままなんの断りもなくメフィストフィレスの部屋に侵入する。
メフィストフィレスの部屋は、どこか異質な雰囲気に包まれていた。
部屋全体の色はモノトーンで落ち着いた印象である、しかし部屋の中に
置かれたあるモノが、なんともグロテスクというか不気味というか・・・。
様々な動物の身体の一部分が、透明の瓶の中に入れられて保管してある。
よく学校の理科室にあるホルマリン漬けという奴に良く似ている、しかし
何故こんな物が部屋に置いてあるのか・・・それも一つや二つではない。
大まかに見積もっても五十個以上はあるだろう、なんとも恐ろしい光景だ。

「ノックぐらいしなさいよ、ルシ。
 まったく、デリカシーのない男ね」

メフィストフィレスはベッドの上で本を読んでいた。
「メフィ、調べて欲しいことが有る。」
ルシフェルはメフィストフィレスの言葉を気にも留めない。
「あんたね、それ人に頼む態度じゃないわよ。
 お願いしますを付けなさい、お願いしますを」
メフィストフィレスはルシフェルの方を見ようともしない。
彼女の言い分は正しい、正しいが、今のルシフェルには時間がない。

ダンッ!!

ルシフェルの巨躯が、メフィストフィレスに覆いかぶさる。
長い銀の髪がメフィストフィレスの血の色の髪の毛と混ざり合う。
「・・・随分と乱暴ね」
メフィストフィレスは驚いた様子も見せない、妖艶に笑うのみだ。
「調べてほしいことが有る」
ギロリと、切れ長のツリ目が鈍く光る。
射る様にしてメフィストフィレスを見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・・内容によるわ」
メフィストフィレスはパタンと読んでいた本を閉じた。

「ルシアの事だ」

ルシフェルの端的な言葉に、メフィストフィレスは驚きを隠せない。
「・・・・・・・正気なの?」
彼女の返答に、ルシフェルは答えない。
ただ、その瞳は鈍く、それでいて強く輝きを放っていた。
「・・・ルシ、あたし達は堕天使よ
 でもルシアさんは人間、ここに
 連れてきちゃいけない存在よ。
 神界の連中が赦さない、法的に
 罰せられる可能性だってあるのよ」
メフィストフィレスの的確な言葉に、ルシフェルは表情を暗くする。
ここは“失望の楽園”―――堕天使のみが投獄される最終獄。
人間を連れ込む事は禁忌だ、倫理的にも、法的にも。
「・・・解っている」
ルシフェルはメフィストフィレスから身体を離す。
「解っているし、責任も負う、罰だって受けよう。
 俺はルシアを取り戻したい・・・その為なら
 どんな事だってする、頼む・・・一生の頼みだ。」
ルシフェルはメフィストフィレスに頭を下げた。
メフィストフィレスはその行動に目を丸くする。
「・・・・・・・・サタン様が赦して下さると思ってるの?」
ルシフェルは頭を下げたまま、ジッと動かない。
「・・・昔のあたしなら、莫迦じゃないのって言って
 笑ってたんでしょうね・・・でも、今はあんたの
 気持ちが良く解るわ。あたしも色々あったし、ね。」
メフィストフィレスはスクッと立ち上がり、白い机の前に移動する。
机の上にはパソコンに良く似た機械が置いてあった。
「で?何を調べてほしいの?」
メフィストフィレスの言葉に、ルシフェルはやっと頭を上げた。
「ルシアが隔離されている場所を、できるだけ正確に。
 付近に護衛兵はいるのか、誰が確保しているのかも
 調べて欲しい、代償は支払う。あと・・・この事は
 他の誰にも言わないでくれ・・・始末は俺がつける。」
メフィストフィレスは少し困ったような顔つきになる。
「神界のシステムに潜入するだけでも大変だってのに
 ・・・無茶言ってくれるわね・・・まぁ出来るだけ
 やってみるけど、あんまり期待しないで頂戴。あと
 ・・・代償なんていらないわ、あんたが今まで通り
 サタン様の為に働くのならそれで十分よ。解った?」
ルシフェルはメフィストフィレスの返答に、言葉を失う。
「・・・・・・・・ありがとう、メフィ。」
ルシフェルはそう言うとメフィストフィレスの部屋を後にした。













しんと静まり返った空気が、張り詰めている。
サタンの部屋の中は、相変わらず足の踏み場もない程散らかっていた。
ルシフェルは静かにゆっくりとサタンの部屋に入っていく。
「サタン様、お話したい事が。」
ルシフェルの視線の先に、サタンは居た。ベッドに横たわっている。
ちらりと、視線だけをルシフェルに向けた。
「・・・やっと話す気になった?」
ルシフェルが何を話そうとしているのか―――サタンには解っているのだ。
「・・・今まで聞かずに居てくださって、感謝しています。
 ルシアとの間にあった事を・・・・全て、お話致します。」

ルシフェルはゆっくりと語りだした。

1964年の5月3日に、キリスト教徒に深手を喰らった所をルシアに
発見され助けられた事、手厚い看護を受けたが、その代金を
支払えと言われ仕方がなくパン屋の手伝いを始めたこと・・・。
襲われていたルシアを助けて、距離が縮まった事・・・ミカエルという
男と友達になった事・・・同じ住処に暮らし、同じ場所で働くうちに
だんだんと惹かれていった事・・・けれどそれは赦されない感情。
押し隠し、ルシアに嘘をついた事・・・しかし、ルシアが再び危機に
陥った時サタンの言葉を思い出し、彼女を助けた事・・・そして
自分が堕天使だと告げて別れようとした事・・・ルシアがそれでも良いと
言ってくれた事・・・ミカエルと三人でピクニックに行ったこと・・・そして
その夜ルシアと一つになった事・・・けれど、ミカエルはキリスト教徒で
ルシフェルの命を狙っていた。そして、ルシアは・・・ルシフェルの目の前で死んだ。

「・・・これが、俺とルシアの間にあった全てです。」
ルシフェルは淡々と、説明するかのように全てを語り終えた。
その最中にあった喜びや微笑みや悲しみや嘆きを、思い出さないように。






          





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