「・・・・・・・・・・・・・・・理解に苦しむ」
ヴェルゼヴァウはそう言うと、座布団の上で再度座禅する。
ヴェルゼヴァウは軍略の事しか頭にない戦莫迦だ。おまけに
色恋沙汰は生まれてから今まで一度としてした事がない。
理解してくれるとは思っていないし、無理やり理解しろとも思わない。
ルシフェルはスクッと立ち上がり入ってきた戸に手をかけた。
「案ずるな、もう二度と会うことはない。それに今は
 反乱軍を殲滅することの方が優先だ、そうだろう?」
そう言って、小屋の戸を閉めた。ヴェルゼヴァウは嘆息する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘吐きめ」















強がりを口にするのは、酷く簡単なことなのだと思う。
自室のベッドに横たわったまま、じっと天井を眺めて続けていた。
夜ご飯の時間はとうに過ぎている―――食欲がない。きっと今日も
中華だろう、マモンは中華しか作れないから。いつもと同じ、何も
変わらない仲間と主君・・・こんなに満たされた場所に居るのに。
こんなに必要とされているのに、なのに・・・どうしてこんなにも
渇いているのだろう、どうしてこんなに求めているのだろう。

あの、温もりを。


解っている。
どんなに求めた所で、戻っては来ないと。解っているのだ。
ルシアは神界に囚われている・・・助け出すことなど
不可能だ、それに正確な居場所も解らないのに、どうやって
助け出すという?いや、それ以前に助けてなんとする?
ここは人間界ではない・・・“失望の楽園”だ、こんな
劣悪な環境でルシアは生きてゆけるか?それに・・・今は
反乱軍との戦争中だ、ルシアを、人間を連れ込めばサタン様が
どうなるか・・・王たる資格なしと言われるに決まっている。
奴らにとっては格好の餌だ・・・ルシアを連れてきた所でなんの
利益もない、不利益が増えるだけ、百害あって一利なしだ。
解っている・・・そんな事は、解っているのだ。
解っている・・・理解している、しているのに。

なのに・・・何故
こんなにも苦しい?


くそっ・・・!!
諦めろ、ルシアは囚われているだけだ、死んではいない。
確かに神界は劣悪な場所だ、ルシアが慰み者にされないとは
言い切れない―――しかしそれでも、命を失う危険性は無い。
その点で言えばここよりは幾分はマシな環境と言えるだろう。
ルシアは美しいし、優しいし、料理だって上手だ。新しい相手を
見つけて幸せになれる―――俺なんかと一緒に居れば、きっと
いつか身を滅ぼす。苦しませるだけ、悲しませるだけだ・・・。
解っている、解っている・・・そんな事は。

解って、いるのに。

「くそったれ!!」

ルシフェルはベッドのシーツを乱暴に引っ掴む。ギリギリと奥歯を
噛み締め、拳は固く、固く握り締められている―――その顔には
泪がうっすらと浮かんでいた。必死に堪えようとするが、叶わない。

「・・・ルシア・・・」

小さく、呟くように呼んだ、名前。
「ルシア・・・ルシア、くそっ・・・くそぉ・・・」
泪が堰を切ったように零れ落ちてゆく。

―――ルシフェルさん―――

笑顔を向けるルシアの姿が、脳裏に浮かび上がってくる。
「ルシア・・・すまない、すまない・・・。」


守りたかった。
愛していたから。
愛してくれたから。
信じられたから。
信じてくれたから。

なのに、俺は、守れなかった。

今でも思い出す、あの冷たい雨の音。響き渡る銃声。
崩れ落ちてゆくルシアの身体、流れ落ちて広がる血。

奇蹟のように微笑んで、死んでいった、最期の瞬間さえ。

忘れられない、忘れたくない、忘れられる筈がない。
たった一人の存在だった・・・こんなにも、強く、深く
愛する事が出来た存在は、初めてだった。これからも
永遠に変わらない、たった一人の最愛の存在・・・。


助けに行きたい。
赦されない。
守りに行きたい。
赦されない。
抱きしめたい。
赦されない。


せめて、せめて、もう一度だけ、微笑んでほしい。
しかし・・・それすらも、赦されない。
「・・・・・・・・ルシア・・・・・・・」
零れ落ちた涙を拭って、引っぺがしたシーツを綺麗に敷き直す。
ボスンと、ベッドに倒れこむ。銀色の長い髪がさらりと流れ落ちる。

空虚だ、と思う。

自分でもそう思う、こんな顔をして、仲間には会えない。
ブランケットを引き寄せて、身体を包み込む。このまま寝たら
明日の朝は顔が酷い事になるだろう、しかしシャワーを浴びる
気さえ起きない。このまま眠る・・・起きていると、ずっとルシアの
ことを繰言のように思い出して、苦しくなるだけだ・・・寝よう。

―――ルシフェルさん―――

「―――っ・・・!!」

思い出すな、諦めろ、記憶の中に、深い深い部分に押し隠せ。
もう二度と会うことなど出来ない、赦されない、もう無理なのだ!

―――嘘つく奴は、嫌いだな。―――

「・・・・・・・・・レオン・・・?」

―――男なら、守ってやらねーとな。―――

「―――っ・・・。」
聞こえる、あの謳だ・・・レオンがいつも謳っていた、あの謳。
そうだ・・・どうして躊躇う?俺はルシアを愛しているのに。
誰よりも必要としているのに、どうして其れを押し隠す?
偽る必要などない、押し隠す必要など無い、ルシアは
俺の妻だ。他の雄には渡さない、渡すわけがない!!
心臓の鼓動が聞こえる、強い鼓動が聞こえる。
諦めてたまるか、ルシアを取り戻さねば、反乱軍の事?
不利益?其れがなんだと言う!そんなものは捻じ伏せる!
全て俺が滅ぼせば良い話だ、そう・・・躊躇うな。
情報が必要だ、神界のどこに居るのか、それを知らねば。
周辺に護衛兵は居るのか?誰に確保されているのか?
慎重に、そして、大胆に行動する、蛇のように這い、獅子の
ように襲い掛かる!待っていてくれルシア・・・必ず

必ず助ける!!






          





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