ふわり、と大きな羽が地面に落下する。鬱蒼と茂った森の中に
ヘスパウスが降り立った、ルシフェルは地面に着地する。サタンと
ルシフェルたち“六大悪魔”の住まう王城は、白亜の宮殿である。
とても魔王が住んでいるとは思えない程美しい佇まい。左右に長い
尖塔が見受けられることから、おそらくゴシック建築なのであろう。
その白亜の城の右には轟音を響かせる瀑布、左には切り立った岩山。
その奥には竹林がちらりと見えている。緑生い茂る森の中から出ると
一本の道が城まで一直線に伸びているのが見える。ルシフェルはその
途上にヴェルゼヴァウの姿を確認した、ヴェルゼヴァウはルシフェルに
大将の首が入った、鉄で出来た鳥籠のような物を手渡した。

「後で我の庵に来てくれ」

そういうと、黒馬に跨ったまま竹林の方角へと向かって行った。
ルシフェルはヴェルゼヴァウの言葉に少し表情を暗くする。

―――気づかれている―――

ルシフェルとヴェルゼヴァウは長い付き合いだ、お互いに竹馬の友だと
思っている。隠していても、いつかは明らかになるだろう。しかし・・・
言えない―――いや、言いたくないのだ。ルシフェルは恐れている。
知られたくない、ルシアのことを。ルシアとの間に起こったことを。
堕天使であるルシフェルと、人間のルシアが係わりを持つことは禁忌だ。
ルシフェルはそれを理解していて、それでもルシアと係わりを持った。
その事がどれだけ赦されざる行為なのか・・・ルシフェルは自身の
行為が、仲間に対する裏切りなのだと知っていた。知っていて、行なった。

―――最低だな・・・俺は―――

“六大悪魔”はそれぞれが凄惨極まりない追いやられ方でこの地に
来ている、だから誰も抜け駆けをしようなどとは思わない。自分ひとり
幸せになることは仲間に対する裏切りに他ならないのだから―――。
ルシフェルは自身の行為を悔やんでいた、しかし、ルシアへの想いは
変わることは無い。それは例えサタンに変えろと言われても不可能だ。

今でも、いや、これからも
きっと、永遠に変わらない。

ルシフェルは内心の拘泥を振り払うかのように頭を横に振ると、城の
真ん中にある大きな扉に手をかけた。開け放たれた扉の先には
サタンが居た、身体のサイズに不釣合いな程大きな玉座に座っている。
「お帰り、ルシフェル。」
ニッコリと笑ってルシフェルを迎え入れる、ルシフェルはサタンに傅き
鉄で出来たの鳥籠のような物から大将の首を取り出す。そしてそれを
サタンに向けて掲げた、サタンはすっと玉座から立ち上がり、受け取る。
「お疲れ様、下がって良いよ。」
サタンは大将の首を受け取ると、玉座の右脇にあった扉の中へと消えて行った。
ルシフェルはサタンが居なくなったのを見届けると、玉座の左脇から
続く長い通路へと足を進めた。通路の壁はアーチ状に繰り抜かれていて
外の景色が丸見えだ、ルシフェルは通路を抜けるとそのまま竹林へ向かう。
青々とした竹林は、森のように鬱蒼と茂っている訳ではない。通る道の部分が
綺麗に刈り取られている、一歩一歩と足を進めるたびに竹から落ちた葉が
ルシフェルの靴に踏まれてカサリと鳴る。竹林のちょうど中央あたりにポツリと
簡素な作りの建物があった。竹林にピッタリな木造の小屋である、まるで
日本の田舎のようだ。ルシフェルは小屋の戸をガラリと勢い良く開け放つ。
中にはヴェルゼヴァウが居た、座布団の上で座禅している。ルシフェルは
ピシャリと戸を閉め、ヴェルゼヴァウの前に敷かれている座布団に座った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何があった」
静かに、ヴェルゼヴァウがそう問いかけた。ルシフェルは少し逡巡する。
自分自身が一番解っている、赦されない事をしたのだ、と。
「・・・・・・・・・・・我にも言えぬ事か」
ヴェルゼヴァウは鋭い目つきでルシフェルを見つめる。

しばらく、沈黙が続いた。

ヴェルゼヴァウは無理やり聞き出そうとはしない、ルシフェルが自分から
言い出すのを待っているのだ。そうでなければルシフェルの意思を
捻じ曲げる事になる―――あくまでも、ルシフェルの口から聞きたいのだ。
睨みあいをして、何時間経ったのか解らない。そろそろ陽も暮れてきていた。

「・・・人間の女と・・・係わりを
 持った、抱いた、孕ませた。娘も
 人間界に居る・・・すまん・・・」

ルシフェルが重い口を開いた、ヴェルゼヴァウは驚愕の面持ちになる。
「・・・・・・・・・・・・・・ルシ・・・解っていて、行なったのか。」
ヴェルゼヴァウの質問に、ルシフェルは頷くことしかできなかった。

バキィッ!!

ルシフェルの顔面に、ヴェルゼヴァウの拳の跡が残っていた。
ナルシストで自意識過剰なルシフェルは、顔を傷つけられる事を嫌う。
しかし、今は怒ることは出来ない。いや・・・怒る資格は無い。
殴られて当然の行為を、ルシフェルはしたのだ。だから黙って殴られた。
避けることだって出来ただろうに、ただ黙って殴られることを選んだのだ。
「・・・・・・・・・・何故だ」
ヴェルゼヴァウはルシフェルの胸倉を掴む、表情は険しい。
何故だ―――そう聞かれて、ルシフェルはクスリと笑った。
「・・・・・・・・・・・!何が可笑しい・・・!!」
ヴェルゼヴァウはいっそう強くルシフェルの胸倉を掴む。
ルシフェルは少し苦しそうに顔を歪めながら、口を開いた。

「愛してしまったからだ」

ヴェルゼヴァウはルシフェルの返答に、言葉を失う。
「朴念仁は相変わらずだな、ヴァウ・・・女に疎いお前には
 理解出来んかもしれんが・・・俺にとって・・・アイツは
 ルシアは、掛け替えの無い、譲れない、大切な存在なのだ」
ヴェルゼヴァウはルシフェルの胸倉から手を離した。






          





inserted by FC2 system