「堕天流暗黒剣技、奥義!天蠍宮!!」

ルシフェルの眼前に迫っていた一小隊が、一瞬にして全滅した。
先頭の兵士を中心に天蠍宮―――さそり座の形が描き出されていた。
ルシフェルは一小隊の全滅を見ようともせずに、そのまま敵陣の中心へと
駆け抜けていく。漆黒の外套と長い銀色の髪が揺らめく様にうねっている。
反乱軍の陣形は外に歩兵を円陣状に配置し、その中に騎馬を置くという
典型的な陣形だった。という事は―――大将は円陣の中心に居るはずだ。
ルシフェルは一目散に円陣の中核に疾駆していく、向かってくる雑兵も
騎馬兵も大剣を振りぬいて一瞬のうちに死体へと変えていく、大仰な技を
使うことは控え、ただ一心に殺すことだけに集中している―――まさに今の
ルシフェルは戦の鬼のようであった。サタンの言っていたように、ルシフェルは
大きな戦力なのだ。敵に回れば恐ろしいことこの上ないが・・・味方になれば
百人力どころではないだろう。まさに戦闘のエキスパートと言える風格だった。
ルシフェルは意識を集中し円陣の中核に目を凝らす、そこに誰が居るのかで
次の行動が大きく変わってくる。アスタロットやバアルなどの総指揮官であれば
半殺しにしてサタンの前に引き出さねばならないだろうが、そうでない場合は
迷う事無く首を刎ねてサタンに献上する必要がある―――ルシフェルはそこまで
考え、出来うる限り自分の気配を殺しながらだんだんと円陣の中核に進んでいった。

ルシフェルの視覚が、中核の大将を目視したのと、ほぼ同じタイミングで
円陣の中核に一匹の黒馬が天から翔け降りてきた―――そう、降りてきた。
背に黒い翼を生やした黒馬は、黄砂の地面に勢い良く着地する、そして。

「ルシフェル様っ!!お目覚めに
 なられたのですね!良かった!」

喋った、嬉しそうにルシフェルの方に駆け寄ってくる。ルシフェルは
黒馬の顎を撫でてやった、そして、その馬上に居る存在を見やる。

「久しいな、ヴェルゼヴァウ。」

ニヤリと笑ったルシフェルの視線の先には、一人の男性が居た。
黒い軍服を着た男性だ、髪の毛は明るい金髪で
一つ三つ編みにしている。三つ編みは腰下まで届く
程長い、顔はかなりの美形である、しかしルシフェルの
ようにビジュアル系という感じではない。どこか冷淡で
知的な印象を受ける顔立ちだ、所謂クール系美形である。
手綱を握っていた手を離しルシフェルの隣に降り立つと
勢い良くルシフェルの頬をグッと掴んだ、ルシフェルは困惑する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ねぼすけめ」
冷淡な口調でそう言うと、手に大きな鎌を出現させた。
「反乱軍の数は十万、うち三万の歩兵をマモンとベルフェゴールが
 殲滅している・・・我とアスモは七万の騎馬、メフィストフィレスは
 城の周囲に防壁を張っている・・・ルシは我らと共に騎馬の殲滅と
 大将の首を落とすことを目的として行動してくれ・・・・出来るか?」
口調は冷淡、しかも最低限の語数で喋っている。
ルシフェルはいつも通りのその姿に少しホッとしていた。
「出来るか?だと?俺を誰だと思っている。」
嬉しそうにそう言うと、手に握っていた“南十字星”の剣先を黄砂に向ける。

「堕天流暗黒剣技、奥義!天秤宮!!」

黄砂に描き出された天秤宮―――天秤座によって、大量の砂塵が
敵陣に向けて放たれた。ルシフェルとヴェルゼヴァウはその隙を狙って
一気に大将に近づいていく―――だがそれを簡単に許すほど反乱軍も
愚かではなかった、大将の周囲を囲っていた騎馬兵が二人に向けて
突進してくる。ヴェルゼヴァウは口笛を吹いて先程の黒馬を呼び寄せた。
呼び寄せた黒馬に颯爽と跨ると、ルシフェルの外套をむんずと掴んで
勢い良く馬上に引き上げた。随分と乱暴な扱いではあるが、これで二人も
騎馬での戦いとなる―――条件が同等なら、勝敗を分けるのは当然実力だ。
「・・・貴様、俺を何だと思っておる。」
ルシフェルは若干怒っているが、ヴェルゼヴァウは気にも留めない。
大鎌を右手に握り、左手で器用に手綱を操っているのだ、いちいち
構ってられないというのが本音なのかもしれない。ルシフェルはつまらなさそうに
舌打ちすると、馬上にすくっと立ち上がった。そして両手でしっかり剣を握り締める。

「堕天流暗黒剣技、奥義!竜骨宮!!」

りゅうこつ座が騎馬兵たちの身体に刻まれた、一等星カノープスの部分は
まるで抉り取られたかのように穿たれている―――。ルシフェルの技の中で
最も広範囲に攻撃可能な技である、今の一撃で倒された騎馬兵の数は
万を超えるだろう。ヴェルゼヴァウは手綱を放し、両手で大鎌を構える。

「ショウジョウバエ」

ヴェルゼヴァウの渋い声と共に、騎馬兵たちの身体にショウジョウバエの
姿が描き出された。ヴェルゼヴァウもルシフェルと同じく大仰な武器の
使い手である―――当然緻密な技は使えない。故に敵兵を確実に
倒したかどうか判らない部分も大きいのだ―――しかし二人は脇目も
振らずに大将の居る方角へと突き進んでいく。まだ息の有る騎馬兵たちが
二人の背中を追うように付いて来ていた、しかしルシフェルは驚きも焦りも
しなかった。知っているのだ、先程ヴェルゼヴァウの説明を受けた時から
ルシフェルは確実な止めを刺していない。手加減している訳ではない
動けなくなる程度の重症は負わせているのだ。しかし確実に殺してはいない。
何故か、それは知っているからだ。自分以上に止めを刺すに相応しい存在が
居ることを―――。そしてその存在は、敵陣の中から唐突に現れた。

「おいコラ!ルシっ!お前さん俺っちの
 仕事増やすなってんだよ!その気に
 なりゃ止めぐらい刺せんだろぉ!この
 陰険ツリ目のドS野郎がっ!俺っちは
 雑用係でも残党処理班でもねぇっての!」

不平不満を言えるだけ言って、その男は現れた。





          





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