“失望の楽園”―――聖書で云う所の『底無しの深淵』である。
地獄の最終獄であり、そこには神に逆らった反逆者のみが投獄されている。
最初の投獄者であるサタンは35億年前に“失望の楽園”全国土を支配下に置き
30億年前に“失望の楽園”統治者として正式に認定されている、この為か
“失望の楽園”は『魔界』と混同されることが多い、しかしまったく別物である。
全国土の7割を黄砂の砂漠が占める“失望の楽園”に、反乱勢力が出現し
始めたのは今から20億年前、ちょうどルシフェルたち“六大悪魔”が天界から
追放された後のことだった―――反乱の首謀者はアバドンであるが、ソロモン72柱
29番目の公爵であるアスタロットが彼の意思に賛同した事により状況は悪化していく。
“失望の楽園”において絶大な統率力と信望を併せ持っていたアスタロットが
反乱勢力に参加した為、他の魔族も一気に反乱勢力に流れてしまったのだ。
アスタロットと旧知の中であったソロモン72柱10番目の総裁であるブエルと、ブエルの
科学オタク仲間だったソロモン72柱71番目の公爵であるダンタリオンも反乱勢力に加勢。
更にアバドンの謀略によってソロモン72柱1番目の大王であるバアルと、ソロモン72柱
54番目の公爵であるムルムルが反乱勢力に加勢してしまう。ソロモン72柱の大王である
バアルが反乱勢力に組したことは大きな痛手で、その後も反乱勢力に流れていく魔族は
後を絶たなくなり―――ついにサタンを支持する勢力は“六大悪魔”のみとなってしまった。

それが今から10億年前のこと。

大規模な戦争が起こり始めたのも同時期だった、大昔の戦争で力の大半を封印されている
サタンは絶対的な力を奮うことが出来ずそれがいっそうのこと反乱勢力の餌となった。
絶対的な統治が不可能となりつつあるサタンを玉座に座らせておいても無意味とばかりに
反乱軍はサタンを追い詰める、同族と争うことを良しとしないサタンは反乱軍に対して
何も言わなかった。双方とも目的は同じなのである、神界に対する復讐―――サタンたちも
反乱軍も望むことは同じだ。しかし、今のサタンではそれは果たせないと反乱軍は判じている。

それが今から5億年前のこと。

拗れに拗れた大きすぎる内乱は、収拾が付かない程肥大化していった。
話し合いで解決することは不可能である、反乱軍の目的はサタンを屠ることなのだ。
サタンを殺し、その玉座を手に入れ神界に戦争を仕掛ける―――それが反乱軍を
指揮するアバドンの目的である。目指すところは同じなのに、アバドンは協力の
道を選ばなかった。それが“六大悪魔”とサタンにとって唯一の救いとなった。
「協力を選ばなかった」という大義のもと、“六大悪魔”及び魔王サタンは反乱軍の
殲滅を宣言した。降伏する者は容赦の可能性もあろうが、手向かう者は全て殺すと
まで言ってのけたのだ。脅しではない、再び“失望の楽園”を完全統治する為には
甘い方法は取っていられないと判断した為である。アバドンはサタンの宣言を聞き
双方は相容れないままに本格的な全面戦争が勃発していく事になる―――。

サタンが宣言を述べたのが
今から3億年前のことである



















鈍黒い空は、黄砂の砂漠に影一つ落とさない。上空からハラハラと落ちてくる
漆黒の羽が軌跡となって残るものの、あっと言う間に砂に埋もれてしまう。
剣戟の音と、血の臭いが次第に近づいて来るのを、ルシフェルは感じていた。
反乱軍の軍隊は―――歩兵三万、騎馬七万、合わせて十万の大所帯だ。
ルシフェルはヘスパウスの背にしっかりとくっついている、新幹線なみの超絶
スピードで戦争の真っ只中へ一直線に進んでいた。その顔は、笑っていた。
これから命懸けの戦争をしに行くというのに―――嬉しそうに笑っているのだ。
「御主人〜!もうここいらが限界っす!!見つかっちゃいますよぉ!」
ヘスパウスが半分泣きかけの表情でルシフェルを仰ぎ見る、ルシフェルは
少しつまらなさそうに舌打ちすると、ヘスパウスを急停止させた。反乱軍の
雑兵がルシフェルを発見する―――そして、一気に雑兵が押しかけてきた。

「南の天に燦然と輝く星達よ、十字に煌めく
 その姿、今こそ此処にその力を現せ・・・
 出でよ我が剣!!“サザンクロス”っ!!」

高らかに叫んだ呪文と共に、ルシフェルの手の中に“南十字星”が現れた。
ルシフェルはヘスパウスの背から跳躍すると、雑兵の中心に切っ先を向ける。

「堕天流暗黒剣技、奥義!磨羯宮!!」

磨羯宮―――つまり山羊座の形が、雑兵の中心から大きく描かれた。
それぞれ雑兵の身体には、山羊座の一部分が綺麗に刻み込まれている。
「クックック・・・」ルシフェルは顔に飛散した血を拭い取ると、ニヤリと嗤った。

「良く聞けぇ!反乱軍の屑ども!!!
 ルシフェル・ディルフェルドルが
 帰ってきてやったぞ!ハハハハハ!」

嘲嗤うその声は、おそらく反乱軍以外の存在にも届いたに違いない。
しかしルシフェルが仲間と再会するのは、もう少し後の事になる。
「さーぁて・・・次はどいつだ?ん?」
サディスティックな笑みを浮かべながら、ルシフェルは戦況を疾走する。
ルシフェルが通った道筋には、何体もの死体が転がっていくのみだ。

「大将はどいつだ!さっさと出て来い!
 でないと死体が増えるばかりだぞ!!」



そして、戦闘狂は嘲笑する。






         





inserted by FC2 system