ぬぼーっとした覇気の無い視線で、ベルフェゴールが
ルシアを見つめていた。深い紫色の瞳が揺らめいている。
「・・・・・・はい?」
突拍子の無いベルフェゴールの台詞に、ルシアは間抜けな
返事をしてしまう。ルシフェルは顎の下に手を置いて笑った。
「ホルン・・・か・・・意外だな」
ルシフェルの言葉に、ルシアは更に困惑を深める。
「心の音色」
ベルフェゴールが面倒臭そうに口を開いた。
「俺には・・・聞こえるんだよ、ソイツの心の音色が
 ソレは人其々違っていて、同じ物は絶対に無いんだ」
ふぁぁ、と大きな欠伸をしてから、語を次ぐ。
「俺はトランペット、ルシフェルはヴァイオリン、マモンは
 大太鼓、ヴェルゼヴァウはコントラバス・・・えーっと
 アスモデウスはサックスで、メフィストフィレスは・・・
 チェンバロでぇ・・・サタン様が大きいハープだったかな」
若干忘れかけといった感じで言い終わった。
「で、アンタはホルン・・・ルシフェルのヴァイオリンと
 良い感じに合ってるけど・・・時々反発しあって調和が
 乱れる、でも、それも良い味出してる、かなぁ・・・。」
言い終わると、だるそうにソファーにもたれた。
「ホルン・・・か・・・素敵だね」
サタンがにこやかな微笑みを向ける。
ルシアは少し照れくさそうに笑った。

「ちょいまちっ!!」

アスモデウスが椅子から立ち上がった。
「ルシ!てめぇ何で俺っちに言わねーんだよ!」
ルシフェルに人差し指をビシッと向けた。
「・・・すまん」
静かな声音で、ただ一言だけそう言うルシフェル。
その返答にアスモデウスは何も言えなくなる。
「―――ヴァウには言ったんか」
アスモデウスは椅子に座りなおす。
ルシフェルは無言で頷いた。
「・・・俺っちの事も信用してくれや」
少し悲しそうに笑ってみせる、ルシフェルは何も言えなかった。

「・・・それで?ルシ、今後
 どうするか、考えてるの?」

重苦しい空気を裂くように、メフィストフィレスが言葉を紡いだ。
「・・・あぁ」
ルシフェルの言葉からは、強い決意が感じ取れる。
「ルシアさんを連れ込んだ事が、反乱軍に知れたら
 格好の餌食になるわ、それだけは避けなきゃね。」
メフィストフィレスは椅子から立ち上がった。
「情報操作、出来るだけやってみるわ。」
そう言うと自分の部屋へと戻って行った。
「・・・ヴェルゼヴァウ、アスモデウス。」
サタンがゆっくりと二人に視線を向けた。
「周囲の警戒と、最終防衛線の警備を強化してね。」
二人は立ち上がり、サタンに深く頭を下げ、去って行く。
「ねーねーサタン様ー、僕達はー?」
マモンがサタンの顔を覗きこむ。
「マモンとベルフェゴールはいつも通りで良いよ」
そう言ってニッコリと笑った、マモンはベルフェゴールを
連れて庭園の方へと走っていく、再度昼寝をするつもりだ。
「・・・ルシフェル、君のやるべき事は解ってるね?」
サタンの静かな台詞に、ルシフェルは深く頷いた。
「そう、それならいいんだ。」
サタンはソファーから立ち上がり、自室に戻って行った。
「・・・ルシア」
ルシフェルとルシア、二人だけのリビング―――。
時計の針が進む音と、外の木々が揺らめく音・・・。
それだけが、二人の間に流れ、消えていく・・・。
ルシフェルがゆっくりと、ルシアの身体を抱きしめた。
そっと栗色の髪を梳かし・・・大きな掌で柔らかな頬を包む。

――― ちゅ ―――

重なり合う、唇。そこから伝わる、温もり。
二人はしばらくの間、ずっとそうしていた―――。













ジャラリ・・・ジャラリ

何かを、何か固い物を引きずる音が、聞こえる。
鎖だ、足枷から長く伸びる鎖が引きずられている音だ。
細く少し色の白い足首、黒く大きな足枷・・・そこから
伸びる、長い錆色の鎖は首輪と繋がっている―――。
白いツギハギだらけのボロ布まがいの服、血の様な色の
眼帯・・・下卑た微笑み、目に痛いほど鮮やかなピンク色の
髪の毛―――見れば見るほど、常軌を逸脱した存在感。
その存在は、中央会議堂の中で資料を纏めていたティアナの
目の前に現れていた。物音一つ立てず、そこに存在していた。
ティアナは見えぬ目の奥に、その存在を感じ取っていた。
鮮やか過ぎるピンク色の髪の毛が、風に揺らめく。

「なぁにを脅えて
 いるんですカ?」

狂った声音で吐き出された台詞―――ティアナは硬直する。
「おやおや・・・まるで仔鹿のようだ・・・可哀想に
 あの怖ろしい、醜やかな堕天使に脅されて、奴を
 見逃したんでしょう?聞きましたよぉ?まったく
 災難でしたねぇぇーティアナさぁーん・・・奴ら
 アレだけの大罪を犯して、まだ罪を上塗りするだ
 なんて・・・どんな神経してるんだか、いやはや
 ワタクシのような清い羊には、理解出来ませんネ♥」
ニヤニヤと、口の片端を吊り上げて笑う。
ティアナは震える身体を何とか制して口を開いた。

「混沌神、カオス様。」

ティアナはしっかりとした顔つきで、その存在に向き直る。
「私に、何の用ですか。」
カオスと呼ばれた存在は、つまらなさそうに嗤った。
「決まってるでしょう?ルシフェルですヨ」
呆れた様子でティアナに近づいてくる。
「まったく、アナタ莫迦ですかぁ?なんで勝手に
 見逃したりするんですぅ?神問会議にかけてぇ
 牢獄にぶち込んで、処罰を与えて、拷問して
 拷問して、拷問して、拷問して、拷問してぇ!
 そっからでしょう?“失望の楽園”に帰すのハ!」
大きなため息をついて、ティアナの黒髪をガシっと掴んだ。
「自分の立場を弁えなさい、ティアナさん・・・
 アナタはワタクシから産み出された、ただの
 駒・・・偉大なる意志に従うだけの傀儡です
 その事を決してお忘れなきように・・・でワ♥」
そう言い終わると、ティアナの黒髪を勢い良く離し、去って行った。







          





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