「ルシアさん・・・君の身体を再生した、その身体は
 老いる事の無い、不老の肉体だ・・・けど身体に
 描かれた“刻印”を消されれば、朽ちて無くなる。」
サタンは崩れ落ちたルシアの手を取り、身体を起こす。
「死なない訳じゃないから、そこだけは注意してね。」
パタンと、分厚い本が閉じられた、周囲を包んでいた
翡翠色の光は消え、散らかり放題の部屋が目に映る。
「長い間身体を失っていたから、慣れるのに少し
 時間がかかるかもしれないけど・・・大丈夫?」
心配そうに顔を覗きこむサタン―――ルシアはお辞儀する。
「大丈夫です!本当にありがとうございます」
ルシアの返答に、サタンはニッコリと笑う。
そして、傅き頭を垂れ続けるルシフェルを見やった。
「ルシフェル、もういいよ。」
優しく頭を撫でながらそう言う、ルシフェルは面を上げた。
「この御恩は、この身を持ってお返しします。」
そう言ってサタンの手の甲に口付けた。
ルシアは驚きの表情を浮かべ、顔を背ける。
「うん、ありがとう。」
優しい声音でそう言う、ルシフェルは立ち上がった。
「ルシア、行くぞ。」
力強い手でルシアを引っ張り、サタンの部屋から出る。
「いっ行くって・・・何処に行くんですか?」
ルシアの質問に、ルシフェルは答えない。
ズンズンと進んだ先はリビングである―――そこに執事
風の男性が立っていた。褐色の肌に、オリーブ色に近い
色の髪の毛を、白い布で一つに纏めている、黒い燕尾服の
下には白いシャツと、赤いリボンで蝶ネクタイをしていた。
「ルシフェル様、お帰りなさいませ。」
深々と頭を下げている、なんとも礼儀正しい。
「ファントム、炊事掃除洗濯、全部教えてやってくれ。」
ルシアを執事風の男性にズイっと近づけた。
ルシフェル程ではないが、この男性もなかなか美形である。
「・・・この御方は?」
ファントムと呼ばれた男性はまじまじとルシアを見ている。
「ルシア、俺の妻だ。」
何の躊躇いも無くルシフェルはそう言った。
サラっと放たれたその言葉に、ファントムは固まる。
「・・・・・・・・・・・主には?」
やっとの事で返した言葉に、ルシフェルは笑った。
「すでに言ったぞ、殴られたがな。」
ルシフェルはキョロキョロと周囲を見渡す。
「他の奴らは何をしておる?」
リビングに居たのはファントムただ一人である。
「主はアスモデウス様とチェスを、メフィストフィレス様は
 部屋で作戦の練り直し、マモン様とベルフェゴール様は
 庭園でお昼寝中との事です・・・お呼び致しましょうか?」
ファントムの言葉に、ルシフェルは首を横に振る。
「いや、良い・・・自分でする」
ルシフェルはツカツカと歩き出し、リビングを出て行く。
ルシアは目の前のファントムにペコリとお辞儀をした。
「あ・・・あたし、ルシアって言います。」
ファントムはルシアに深く頭を下げた。
「ルシア様・・・お初御目にかかります、私めの名は
 ファントム、ヴェルゼヴァウ・ロシュフォート様の
 使い魔をしております・・・以後、お見知り置きを」
聞きなれない名前に、ルシアは首を傾げる。
「すぐお会い出来ましょう・・・ルシフェル様から
 仰せつかったので、ルシア様に炊事、掃除、洗濯
 ・・・ここでやるべき事をお教えします、どうぞ。」
ファントムに促がされ、ルシアは彼の後ろに続いた。











「チェックメイト」

ヴェルゼヴァウが静かにそう言った、アスモデウスは
ガックリとうな垂れ、チェス盤の上のキングを倒した。
「あ゛〜!ったく・・・また負けかよ」
悔しそうなアスモデウスとは対照的に、ヴェルゼヴァウは
いたって涼しい顔である。チェスの駒を綺麗に片づけていた。
「これで34億勝0敗だったな」
アッサリと言うヴェルゼヴァウ、アスモデウスは脹れる。
「うっせーちったぁ手加減しろってーのー」
椅子から立ち上がると、大きく身体を伸ばす。
「・・・手加減するなと言ったろう」
小さな声でヴェルゼヴァウが突っ込みを入れた。
アスモデウスは聞こえないフリをして、口笛を吹く。
「また負けたのか?アスモ」
ルシフェルだった、意地の悪い笑みを浮かべている。
「おっ、ルシ!お前さん何処行ってたんだよ!」
アスモデウスはルシフェルと肩を組む。
「・・・・・・・・・・ルシ」
ヴェルゼヴァウが何か言おうとする―――しかし
ルシフェルはそれを制した、リビングを指し示す。
「集まってくれ・・・話がある」
真剣な表情のルシフェル―――二人は無言で頷く。
ルシフェルは二人を連れてリビングに戻った。二人を
残して、一人庭園まで歩を進める―――緑の芝生が
太陽に照らされて、キラキラと輝いている。その中で
マモンとベルフェゴールがスヤスヤと昼寝をしていた。
「起きんか」
マモンのぷにゅぷにゅした頬を軽くつねる。
「みぎゃ!痛いよルシフェル〜」
マモンがガバッと起き上がった、ルシフェルは笑う。
「いつまでも寝てるからだ、ベルフェゴールを起こせ。」
マモンはしぶしぶベルフェゴールを揺り起こした。
「リビングに来い、話がある。」
そう言って、二人と共にリビングへ戻った。
リビングには、メフィストフィレスが居た。優雅に紅茶を
飲みながら本を読んでいる―――ルシフェルを見やった。
「そろそろ帰って来ると思ってたわ」
妖艶な笑みを浮かべてそう言った、ルシフェルは答えない。
リビングに“六大悪魔”全員が集まった所で、サタンが現れた。
「みんな、揃ったみたいだね。」
サタンは一人用のソファーに座り、ルシフェルを見る。
「ルシフェル、ちゃんと自分で言えるね?」
その言葉に、ルシフェルは軽く頷いた。リビングの右側にある
扉が開きファントムが現れる、その後ろにはルシアが居た。

「神界から攫って来た
 ・・・俺の、妻だ。」

ルシフェルはハッキリと、強い口調でそう言った。
メフィストフィレスとヴェルゼヴァウは、さほど驚いていない。
だが、残りの3名は驚きの表情でルシアを見ていた。
「ルシア、来い。」
ルシフェルが促がす、ルシアはルシフェルの横に移動した。
「ルシアです・・・えっと、よろしくお願いします。」
ペコリとお辞儀をする―――ベルフェゴールが口を開いた。
「・・・ホルンの音色がする・・・」







          





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