ルシフェルはルシアに手を差し伸べる、ルシアはその手を掴む。
鈍い色の空と、黄色い砂の海―――。見渡す限りずっと同じ
景色が広がっている、建物も草木も何一つ無い世界・・・
ただただ、延々と“失望”だけがそこに存在しているかのように。
「随分遠くへ出てしまったな・・・
 ルシア少し歩くが、大丈夫そうか?」
周囲の様子を見渡していたルシフェルが、声をかける。
ルシアはその問いかけにコクリと頷いた―――繋いだ手を
強く握り締めると、黄砂の中を歩き出す。何処を見ても同じ
景色にしか見えないが、ルシフェルには城の場所が判るようだ。
「ルシフェルさんは・・・大丈夫なんですか?」
ルシアは心配そうにルシフェルの脇腹を見やる。
そこからは、まだ赤い血が零れだし、シミを広げていた。
「問題ない・・・心配するな」
そう言ってみせても、ルシフェルの顔色は悪い。
命に係わる重症では無い―――しかし、血を大量に失って
しまった事も事実である。早急に血を補給した方が良いだろう。
ルシフェルは少し足早に城へ向けて歩を進めていった。











ザク・・・ザク・・・

砂を踏みしめる音がする、高低差の激しかった場所を抜けて
だんだんと平らな場所に変わってきた為だろうか。長い時間
歩き続け、やっと二人は城の前へと辿り着いていた―――。
しかし・・・ルシアはその眼前に居る存在の為に硬直していた。
犬である、しかし普通の犬ではない。体長はおよそ20mぐらい
あるだろうし、何よりも首が3つあるのだ。その巨大な犬が城の
門の前でじーっとルシアを見つめている・・・ルシアはあまりに
非現実的なその光景に言葉を失い、一歩も動けなくなっている。
「ルシア、大丈夫か?」
ルシフェルが硬直したルシアの顔を覗きこむ。
「アイツはケルベロスといってな、城の門番をしてる
 魔物だ・・・安心しろ、あぁ見えて優しい魔物だ。」
ルシフェルの説明にルシアはやっと正気を取り戻す。
「たっ・・・食べられたり、しませんよね?」
ルシアが発した台詞にルシフェルは答えない。
少し呆れた顔でルシアを見て、そして小さく笑った。
「人間らしい考えだな」
そう言うと、ケルベロスの首輪から小さな鍵を取り外した。
ケルベロスの後ろにある門を、その鍵で開ける。
「来い、ルシア。」
ルシフェルが促がす、ルシアは恐る恐る中へ入った。
来た時の、鈍い色の空と黄砂の海とは正反対とも言える
美しい景色が、そこにあった。白亜の城に、青く澄んだ空。
飛び交う鳥達・・・まるで、おとぎ話の中にいるようである。
「・・・イメージと違ったか?」
周囲の光景に驚くルシアに、ルシフェルが声をかけた。
ルシアは慌てて首を横に振るが、ルシフェルは苦笑する。
「来い、サタン様が待っておられる。」
スタスタと、白亜の城の中へ入っていく。ルシアも続いた。
大きな玉座のある部屋を抜け、翡翠色の扉の前へ進む。
ルシフェルが扉をノックするとそこからサタンが現れた。

「お帰り、ルシフェル。」

優しく微笑みかけるサタンに、ルシフェルは傅く。
「ただいま戻りました、サタン様。」
傅き頭を垂れるルシフェルをサタンは優しく抱きしめる。
「酷い怪我だね・・・可哀想に」
心配そうに顔を曇らせ、ルシフェルの頭を優しく撫でる。
「問題ありません・・・それより、ルシアを
 連れてまいりました、どうかサタン様の
 お力で、ルシアの体を再生してください。」
懇願するルシフェル―――ルシアは慌てて進み出る。
「あっ・・・あの!あたし、ルシフェルさんの・・・」
言いかけたルシアの眼前に、サタンの顔が迫っていた。
美しい翡翠色の髪と、七本の角、そして宇宙色の瞳。
ルシアはこの存在と何処かで会った気がしていた。
「久しぶりだね、ルシアさん。」
ニッコリと微笑みかけるサタン―――ルシアは思い出す。
ルシアは射殺されたすぐ後、神界でサタンと出会っている。
サタンは二人の間の娘の命を助け、名を与えた恩人である。
「あっ・・・!あの時はありがとうございました!」
深々とお辞儀をするルシア、サタンはクスリと笑う。
「良いよ別に・・・僕は部下を助けただけだし」
そう言って二人を部屋の中へと招き入れる、相変わらず
部屋の中は散らかり放題で、足の踏み場はまったく無い。
「ごめんね散らかってて・・・人体再生なんて
 やった事無いからさ、資料探してたらなんか
 散らかっちゃったんだよ。まぁ気にしないで」
アッサリと言ってのける、片づける気は無いのだろうか。
サタンは小さなテーブルの上に分厚い本を広げた。

「さて・・・始めようか」

サタンは分厚い本の上に手をかざす、すると本から
翡翠色の光が溢れ出し、周囲を包み込んだ。光の
中に三人が包まれるとサタンが自身の額に指を置いた。

『“悪しき者”、“古き獣”たる我
 サタナエル・フォン・タルタロスは
 ここに、我が眷属の妻たる人間の
 器を再生し、我が国の住人とする。』

サタンが指を離すと、その額には何かのマークが浮かんでいた。
円の中に描かれた六芒星と、666の数字が描かれていた。

『我が眷属の妻となる人間、ルシアよ
 汝の滅びた器を再生する為にその
 心臓を媒介とし、魂を我に委ねよ。』

ルシアの額に、サタンは人差し指をつける。その手にはルシアの
心臓があった―――当然動いてはいない・・・しかし色は綺麗だ。

『我が名と、我が力において今こそ
 器を再生する。穢れし神の名を
 忘れ、我が名を神と呼び、奉れ!』

サタンの強い言葉と共に、ルシアの心臓がルシアの中に入っていく。
どくり・・・どくりと、鼓動の音が大きくなっていく―――。
「あっ―――ひゃっ・・・ひゃぁん・・・」
ルシアの身体がガクリと崩れ落ちる―――サタンが人差し指を離した。
「終わったよ」
そう言って、ルシアに柔らかな微笑みを見せた。







          





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