「ヘスパウス、飛ばせれるだけ飛ばせ
 結界まで最短距離で向かう、いいな」
ルシアはルシフェルの手を強く握り締める。
ヘスパウスが背中の大きな翼を翻し―――飛んだ。

「了解っすー!!」

轟音と共に、ヘスパウスの巨体が宙に舞い上がった。
大きな翼が動くたびに、周囲の建物が破壊されていく。
新幹線なみの超スピードに、ルシアは振り落とされそうに
なるが、必死にルシフェルの手を握り締め、離さない。
地上の兵士達が弓矢を射掛ける、しかしかすりもしない。
凄まじいスピードで、ヘスパウスは結界まで進んでいく。

ガラーン・・・ガラーン

突如、後ろから鐘の音が聞こえてきた。中央会議堂の
真後ろに立つ、巨大な鐘楼からの音だった。その音色に
ルシフェルは戦慄する―――ルシアの身を引き寄せ強く
抱きしめる、そして鐘楼の方角から、巨大な銀の十字架が
現れ―――そこから幾億もの銀の小さな十字架が発射された。
銀の十字架が、ヘスパウスの大きな身体に突き刺さっていく。


コァァァァッ!!

ヘスパウスが、悲鳴とも叫びともつかない声を上げた。
「くっ―――!大戦用兵器を使うとは!」
ヘスパウスの身体はゆっくりと地に下降して行く―――。
「大莫迦者!しっかりせんか!」
ルシフェルの叱咤の声も、彼女には届かない。
ズシンと、大きな音をたてて、ヘスパウスは昏倒した。
「卑怯者め・・・!」
ギリっと奥歯を噛み締め、ルシフェルは表情を険しくする。
パチンと右の指を鳴らすと、ヘスパウスの姿は掻き消えた。
「ルシア・・・走るぞ」
ルシフェルの言葉に、ルシアは頷く。もう一度お姫様抱っこの
体勢になるとルシフェルは一気に結界に向けて駆け出していく。
「あの・・・さっきの子は?」
ルシアは心配そうに顔を曇らせている。
「ヘスパウスか?召還解除した、今頃“失望の楽園”に
 戻っておろう・・・心配せんでもアレしきでは死なん。」
ルシフェルは遠くから放たれる弓を華麗に避けつつ言う。
その言葉に、ルシアはホッと胸を撫で下ろす。
「結界の外に出ない限り、門は使えぬからな
 ・・・面倒な事だ。卑怯なロートル共めっ!」
ルシフェルは地を蹴り、フワリと跳躍する。
その視線の先には正門と、結界があった。
「ルシア、身を低くして隠れていろ。」
ルシフェルは深呼吸し、結界にそっと手を触れた。

『光り輝く焔、立ち昇る神の怒り。
 熱情と報復の刃、打ち砕かれる悪
 信仰は、神にのみ与えられる息吹』

侵入した時と同じ解除魔法―――コレで解除される
はずである、だが、解除される気配は無い。ルシフェルが
困惑の表情を浮かべたその数秒後、巨大な警報音が周囲に
鳴り響いた――――解除魔法が、書き換えられている。
「・・・くそったれ!忌まわしいロートル共めがっ!!」
ルシフェルは拳を結界に打ち付ける、そうしている内にも
兵士達が近づいて来ていた・・・このままでは捕らえられる。
そうなれば、ルシフェルは死罪を免れないだろう。

落ち着け・・・ここで焦れば奴らの思う壺だ・・・
落ち着いて解除魔法を探れ・・・大丈夫だ俺になら
出来る、絶対に。いや・・・やらねばならぬのだ!

ルシフェルの言う通り、ルシアは身を低くして隠れている。
その瞳はジッとルシフェルの姿を見つめていた。

信じているのだ、ルシフェルが助けてくれると。

ルシフェルは深く深呼吸して、呼吸を落ち着ける。
兵士達の足音は、どんどんと近づいてくる・・・。
そして、ルシフェルの数メートル手前でストップした。
「穢れし忌児!“傲慢”の堕天使!ルシフェル!
 貴様は磔刑に処す!!大人しく罰を受けよ!!」
位の高そうな兵士が、ズンズンとルシフェルに近づいていく。
ルシフェルは振り向かない、ジッと結界に向き合っている。
兵士が手の中の剣を振り下ろそうとした―――その時。

『吼えるのは金の獅子、眠るのは
 銀の獅子。神の祝福は永久に
 天の幕間の隅々まで響き渡る。』

ルシフェルがそう言った瞬間、結界の一部分が解除された。
「フッ―――ハハハ!青いぞ小僧共!!」
眼前に迫っていた位の高そうな兵士は、ルシフェルの大剣に
よって頭部を失っていた―――あっと言う間の出来事だった。
「ルシア!来い!」
ルシフェルが腕を伸ばす、ルシアは思いっきり地面を蹴った。
ルシアの身体が、ルシフェルの力強い腕に包みこまれる。
二人を捕らえようと、兵士達が押し寄せてくるが、もう遅い。
ルシフェルは結界の外へ出ると、パチンと右の指を鳴らした。
神界に行く際にも使用したあの門が、再び現れていた。

「ご足労だったなぁ
 この大莫迦者共め」

ルシフェルとルシアの姿は、門の先の闇へ吸い込まれた。
重力によって下へ下へと落下していく二人の身体―――。
右も左も判らない完全な闇の中、ルシフェルは笑っていた。
「くっくっく・・・!ざまぁみろ、ロートル共め。」
意地の悪い笑みを浮かべて、ルシアを抱き寄せる。
ルシアは少し不安そうに周囲をキョロキョロと見回していた。
「あぁ・・・心配せんでいい、あの門は“六大悪魔”にしか
 使えない高等魔法でな、この闇の先は“失望の楽園”だ。」
ルシフェルはそう言ってルシアの顔を引き寄せる。
「やっと、お前を手に入れた・・・。」
そう言って耳にキスを落とした。
キスされたルシアは顔を真っ赤にする。
「くっくっく・・・可愛い奴だ」
楽しそうにルシフェルはそう言い、微笑んだ。

ボスン

渇いた音と共に、二人の身体は黄砂に埋まった。
辺り一面黄砂である、空は鈍黒く、太陽は無い。
「ここが・・・“失望の楽園”・・・」
ルシアは黄砂の海から起き上がり、周囲を見渡す。
「ようこそ、“失望の楽園”へ。」
ルシフェルがスクッと立ち上がり、言った。







          





inserted by FC2 system