ティアナはガクリとその場に崩れ落ちる―――その身体は
小さく震えていた、顔は苦しそうに、痛みを耐えているように
歪んでいる・・・しばらくの間、ジッとそうしていた。そして
ゆっくりと立ち上がって、中央会議堂から出ると自分の部屋へ
入り、小さく泪を溢した・・・ふらふらとした足取りで移動する。
ティアナの視線の先には、写真があった。随分と古ぼけていて
色落ちも激しい・・・その中には、今と変わらぬ姿のティアナと
とても美しい男性が写っていた。この世の物とは思えないような
絶世の美貌―――ティアナは泪を抑えきれず、嗚咽を洩らす。

「ごめんなさい・・・
 赦して・・・私には
 こうするしか・・・
 ―――サタナエル!」

ティアナは写真を強く握り締め、激しく泣いた。














白い薔薇の咲き誇る庭園に、サタンは居た。
大理石のテーブルの上にはルシアの焼いたクッキーがある。
淹れたてのアールグレイを飲みながら、遠くを見つめる。
追いかけっこをして遊ぶ、マモンとベルフェゴールの姿・・・。
ヴェルゼヴァウとアスモデウスは今日もチェスをしている。
ルシフェルは二人の戦いをを楽しそうに見物している。
メフィストフィレスはルシアと一緒に庭園の手入れをしていた。

――― 嗚呼 ―――

此れが幸せなのだと、サタンはそう思った。
唯一つ・・・唯一つだけ―――どうしても欲しいあの存在が
それだけが此処に居ない・・・けれど、其れは叶わぬ夢。
少し切なそうな顔で、サタンは笑った。とても遠くから、音が
聞こえてくる・・・馬車の音が、サタンはずっと前から其れに
気がついていた、けれど隠していた。部下を心配させない為に。
「―――何の音?」
ベルフェゴールが最初に気づく、音は近づいてくる。
サタンはゆっくりと椅子から立ち上がり、空を見上げた。
空から、白い天馬に牽かれた豪奢な馬車が現れた。
馬車は庭園の緑の芝生の上に、音も立てず制止する。
そして、そこからティアナが現れ一枚の紙を取り出した。
「邪悪神、サタナエル・フォン・タルタロス。
 貴方の部下ルシフェル・ディルフェルドルが
 神界に大きな被害を与え、神界が保護して
 いた人間を連れ去りました・・・破壊神で
 ある私、ティアナの名の元に、貴方を捕らえ
 神問会議にかけます。異議はありませんね?」
差し出された紙を、サタンは無言で受け取る。
「待て売女!何故サタン様が神問会議にかけられ
 なければならんのだ!騒ぎを起こしたのは俺だ!
 裁くのなら俺を裁けば良かろう!サタン様には
 何の罪も関係も無い!俺を神問会議にかけろっ!」
ルシフェルが一気呵成に言い放つ、ティアナは首を横に振った。
「サタンは主君として、貴方を止める責務がありました。
 それを全うしなかったのですから、サタンを裁くのは
 当然の事ですわ。それに・・・この辞令は唯一神様の
 御信託です・・・覆す事など誰にも出来ません、では。」
ティアナが言い終わると、サタンは部下達に微笑みを向けた。
そして、ゆっくりと馬車の中へと入っていく―――。
「すぐ帰るから」
小さく呟いた台詞―――馬車が天へ還って行く。

「サタン様!!」

ルシフェルの叫んだ声が、空へ消えていった。
















中央会議堂の奥、白く四角い部屋へ、サタンは連れてこられた。
その目には目隠し、手には手枷、首には首輪、足には足枷・・・
そしてその口には猿轡がはめられていて、喋る事さえ出来ない。
白く四角い部屋の中央で、サタンはジッと動かない。
ふと、音が聞こえてきた―――大勢の足音・・・そして。

「大罪者め!!」

誰かが、サタンを力いっぱい蹴った。他の誰かが、サタンを殴る。
「悪め!!神の敵め!お前が生きてるせいで
 俺の家族が死んだんだ!殺してやる!今すぐ
 殺してやる!大罪者めっ!大罪者めぇぇぇ!」
口々に聞こえる、サタンを罵る声―――。

「お前なんて産まれて来なければ良かった!」
「悪の権化め!消えろ!この世から!」
「お前さえ居なければ誰も死なずに済むんだ!」
「母を殺した悪魔め!悪魔め!悪魔め!」

サタンは何も言えない、抵抗も出来ない。
ただジッと、全てが終わるのを待ち続ける。

「はぁーい、みなさぁーん
 そこまでにしましょーカ」

狂った笑みを浮かべて、カオスがやって来た。
サタンを痛めつけた者たちが部屋から退出すると
カオスがサタンの翡翠色の髪を乱暴に引っ掴んだ。
グイっと顔を掴み、目隠しと猿轡を取る―――とても
楽しそうな下卑た笑みで、傷ついたサタンを見ていた。
「可哀想にねぇ・・・アナタはなぁーんにもして無いのニ♥」
まったく可哀想と思っていない声音で言う。
「みんな莫迦ばっかりですよねぇーワタクシたちが
 造った偽りの世界に、疑問も持たずに生きててぇ
 まぁワタクシたちはその方が好都合ですけどネー♥」
クスクスと嗤うカオスを、サタンはギロリと睨みつける。
「おー怖い怖い・・・サタンさん、そんな怖い顔を
 しないでくださいよっ♥せぇーっかく可愛い顔を
 してるんだから♪もっと笑わないと駄目ですヨー♥」
そう言い終わると、弾けるように嗤い出した。
「・・・神問会議は・・・」
サタンがやっとの事で言葉を発した。
「あぁ、終わりましたよ。処罰は神界時間で5ヶ月の幽閉。
 拷問と見せしめ有り有りの素敵プランです♥あー今から
 楽しみですよぉ、サタンさんを久しぶりに拷問出来ると
 思うと背筋がゾクゾクしちゃいますねぇ♥どうして欲しい
 ですかぁ?熱々の剣で背中を斬るとか?それとも天使界に
 磔にして放置プレイ?そそりますねぇー♪どれにしますカ?」
至極楽しそうにカオスはそう言う、サタンは笑った。

「殺せよ」

カオスはサタンの言葉に、顔を歪める。

「僕を殺せるもんなら
 殺してみせろよ!!」







          





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