「ルシフェルさん、あの時も、同じ事を言いましたよね。」
ルシアはクスリと笑った―――ルシフェルは頷く。
「ああ・・・だが、あの時とは状況が変わった。
 “失望の楽園”は人間界とは違う・・・今は
 反乱軍の莫迦共のせいで情勢が不安定なのだ
 それに本来人間は“失望の楽園”に行っては
 ならない・・・反乱軍にこの事が知れたら更に
 戦乱が大きくなるだろう、ルシアの命も・・・
 狙われないとは言い切れない。それに、俺は
 サタン様の眷属だ、お前を一番には考えてやれ
 ない・・・お前が危機に陥っていても、俺は
 助けてやれないかも知れない・・・ずっと傍に
 居てやりたくても、其れも出来ないだろう。俺は
 眷属として、戦いに出なければならないそれが
 俺の使命だからだ・・・本当にそれでも良いのか」
ルシフェルの言葉に、ルシアはニッコリと微笑んだ。
「良いですよ、一番じゃなくても。」
アッサリとそう言ってのける。
「ルシフェルさんと一緒に居れるなら、平気です。」
ルシアの優しい声音に、ルシフェルは震える。
「・・・莫迦な事を・・・」
ルシフェルの声は、震えていた。
「言っただろう、俺は堕天使だ!人間ではない!
 お前とは違う生き物だ!獰猛で、醜悪で、とても
 卑しい獣なのだ!今お前が見ているこの姿とて
 偽りに過ぎぬ!俺の本来の姿は、とても醜くて
 浅ましい、異形の姿なのだ!お前は、そんな俺を
 愛せるというのか?!いつ理性を失ってお前を
 襲うかも判らないこの俺を?!お前の骨を砕いて
 肉を引き裂いて取って食うかも知れないのに?!」
はぁはぁと息を切らし、ルシフェルは表情を暗くする。
ルシアは苦しそうに顔を歪めるルシフェルに、何も言えない。
「・・・お前は俺のことを何も知らない」
ポツリと、ルシフェルがそう言った。
ルシアはその言葉を聞き逃さなかった。

「それは、ルシフェルさんが何も
 教えてくれないからでしょう?」

ルシフェルの端整な美貌を、むぎゅっと掴む。
「・・・それは・・・」
図星だった、ルシフェルは顔を背けようとする。
しかしルシアは強引に顔を引き寄せ―――。
「―――んっ」
キス、された。
「んっ・・・んん・・・」
温かく、柔らかな、懐かしい感触・・・。
ルシフェルの身体から、力が抜けていく。
「ん―――んっふ・・・あ・・・」
唇が離れ、ルシフェルは顔を赤くする。
ルシアはその様子を、楽しそうに見ていた。
「・・・俺で遊ぶな」
恥ずかしそうにそう言う。

「あたし、知ってますよ
 ルシフェルさんの事。」

ルシアがゆっくりと口を開いた。
「傲慢で、エゴイストで、ナルシストで、態度大きくて
 いつも顔のこと気にしてて、プライド高くて、凄ーく
 意地っ張りで、自己中心的で、気難しくって・・・。
 でも、本当は優しくて、温かい心を持っていて・・・
 プライドが高いから・・・ソレを見せたがらないだけで
 本当は・・・とっても良い人なんだって、知ってますよ」
ルシフェルは言い返そうとするが、ルシアが先に語を継いだ。
「コーヒーはブラック派で、意外に派手なのは苦手で
 夜、星を見るのが好きで・・・甘い物は苦手だけど
 あたしの作ったお菓子を美味しそうに食べてくれて
 薄めの味付けが好みで、結構根は真面目で・・・。」
言葉を耳にする度に、ルシフェルは心が震える。
そんな良い男じゃないと言いたいのに、言えない。

「あたし、知ってますよ
 ルシフェルさんの事。」

「だって、あんなにたくさんの時間を一緒に
 過ごしたんですもん・・・当然でしょう?」
優しく微笑みかける笑顔に、言葉が出ない。
ルシアの真っ直ぐな想いが―――突き刺さる。
「俺は・・・お前を殺すかもしれないのだぞ・・・」
やっとの事で発した言葉に、ルシアは笑った。

「ルシフェルさんは
 そんな事しません」

ルシフェルは言い返そうとする、しかし出来ない。
再び、その唇が塞がれていたからだ。
「―――ん・・・ル・・・シ・・・ア」
ルシフェルの赫い瞳は振り子のように揺れている。
「ルシフェルさんは、そんな事しません。」
その言葉に込められた、信頼、確信、覚悟―――。
ルシアの瞳は揺らぐ事無くルシフェルを見つめている。
「あたし、ついて行きます。」
ルシフェルの端整な美貌を、ルシアはじっと見つめる。
「苦しくて、辛くて、痛む途かも知れない・・・
 でも、あたしはルシフェルさんと一緒が良い。」
小さな窓から、ルシアは手をそっと差し伸べる。
ルシフェルの大きく冷たい手を、強く握り締める。

「たとえ、全てが神様しか知らない事
 だとしても・・・ルシフェルさんと
 一緒に居ます、ずっと・・・永遠に」

ルシアの強い決意が、小さな手から伝わってくる。
揺らぐ事の無い、確かな想いが、伝わってくる。
ルシフェルはルシアの想いに答えねばならない。
夫として、愛する者に答えなければならない。
なのに―――言葉が出ない。
嬉しくて、とても嬉しくて、言葉が出ない。
ルシアはただジッと、ルシフェルの言葉を待った。

長い沈黙が、二人の間に流れた。

「・・・約束する」
ルシフェルが言葉を発した、強く、確かな声音で。
いつもと変わらない、煌々と輝く赫い瞳で―――。

「約束する、お前に、俺の全てを託す。
 過去も今も未来も・・・全てお前に
 奉げよう、だからルシア。約束して
 欲しい・・・俺の傍で、笑っていろ。
 ずっと、ずっとだ。約束だぞ、ルシア」

ルシフェルの言葉に、ルシアは「はい」と答えた。
それだけで、充分だった。
「離れていろ・・・壁を壊す」
ルシフェルはルシアの手をそっと離す、ルシアが安全圏まで
下がったのを見届けると、剣を壁に向け勢い良く走り出した。

ズガァァァァン!!

大きな破壊音が響き、牢獄の壁は打ち砕かれた。
ルシフェルはルシアを強く、きつく抱きしめる。
「・・・もう、離さん、絶対に・・・。」
小さく呟いた台詞―――ルシアはクスリと笑う。
「もう、素直じゃないんですから。
 最初から、そう言えばいいのに。」
その言葉に、ルシフェルは恥ずかしそうに顔を赤くした。







          





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