ヘスパウスが森の奥深くに消えて行ったのを見届けると
ルシフェルは森を抜けて、城の中へと足を踏み入れた。
そのまま自室に戻ると羽織っていた漆黒の外套を脱ぎ捨てる。
金の鎖が渡された濃紫の服も脱ぎ、素肌の上に白いシャツを着なおした。
黒いソファーに寝転び、長い脚をゆったりと伸ばす。手の中には
メフィストフィレスから手渡されたあの紙が握り締められていた。
神界のほぼ中央にある中央会議堂、その奥にある高位神の宮殿。
ルシアの囚われている場所は宮殿付近のようである―――小さな
中庭のすぐ傍にある牢獄のようだ、そこにルシアは居る。しかし
場所が判っただけである。周囲に護衛兵が居るのか、誰に確保
されているのか、それは解らず仕舞いだ・・・神界に侵入する
だけでも相当な危険を伴うというのに、あまりにも危険が多すぎる。
しかし、それでもルシフェルはルシアを諦めようとは思わなかった。

危険は承知のうえ・・・無傷で帰れるとは思っていない。
ヴェルゼヴァウやアスモデウスに協力を頼むという手も
あるのだろうが・・・出来ない、これは俺の問題だ。
俺自身の手で始末を付けなければなるまい・・・それに
ヘスパウスが居れば、勝機はある。問題はルシアが誰に
捕らえられているのかだ・・・上の連中だとすれば、更に
危険は増すだろう・・・そうでない事を祈るしかないな・・・。

ルシフェルはじっと紙を見つめながら思案していた。
失敗は許されない、チャンスは一度きりだ、もし失敗すれば
ルシフェルの命どころか、ルシアまで危機に晒されるだろう。

たとえどれ程の困難が待っていようと、なさねばならぬ。
俺はルシアの夫だ、ルシアを守らなければならんのだ!

ルシフェルは強い決意を胸に秘めて、ソファーから立ち上がった。
そろそろ夕食の時間である、自室の扉を開けるといい匂いがしてきた。

「ルシフェルー手伝ってー!」

マモンだ、7枚のお皿をルシフェルに押し付ける。ルシフェルは少し
面倒臭そうに顔を曇らせたがしぶしぶお皿を食卓に並べることにした。
食卓には、やはり中華が並んでいる。揚げ春巻きに、空心菜と海老の
オイスターソース炒め、焼き豚がどっさり入った炒飯に、数種類の点心。
ルシフェルが運んだお皿はどうやら取り皿らしい、最後に魚介のスープが
それぞれの席の前に置かれ、準備は整った。なんとも美味しそうである。
「みんなぁー!夜ご飯出来たよぉ!食べよー!」
マモンの呼びかけを聞いたものか、それとも匂いに釣られたのか、他の
面々が食卓に集まってくる。全員が席に着くと、サタンが胸の前で手を合わせた。

「いただきます」

サタンの合図で、全員が一斉に食事を始める。ルシフェルも
黙々と揚げ春巻きを頬張っていた。ルシフェルの向かいの席では
アスモデウスとマモンが揚げ春巻きの争奪戦を繰り広げている。
ヴェルゼヴァウはその様子を冷ややかに見つめながら点心を頬張り
メフィストフィレスは二人を嗜めながら一番大きな揚げ春巻きをそっと
自分の取り皿に入れていた。ベルフェゴールは騒ぐ二人を見もせずに
一心不乱に海老の頭でタワーを作っている。二人を止めなければ
いけない筈のサタンはというと、楽しそうにその様子を眺めていた。
・・・なんともほのぼのとした光景だった。

―――ここにルシアが居たら―――

ふと、そんなことを考えてしまう。
このいつも通りの、当たり前の光景の中に、ルシアが居たなら。
きっと怒って二人を叱り付けるだろうに。
そんなことを考えて、ルシフェルは小さな微笑みを溢した。















城から聞こえてくる楽しそうな声とは対照的なほど、森は静かだ。
時折鳥の鳴く声や、木々のざわめく音が聞こえるが、それ以外の
音は何も無い―――静寂が漂う森の中に、ヘスパウスは居た。
彼女の手には、少し鈍い青色のエレキギターが握られている。
傍らには譜面のようなものもあり、熱心にそこに何かを書いていた。
「・・・ふーふーん♪ふーふーふー♪んーふーふー♪」
鼻歌を歌いながら、ガリガリと譜面に鉛筆を走らせる。
時々手にしたエレキギターを鳴らし、音符を書きこんでいく。
「うーん、ここはあえて上げた方が良いっすかね・・・。」
表情は真剣そのものだ、良く見ると彼女の周囲にはボツになった
楽譜が丸めて投げ捨てられていた。相当な数が転がっている。
「むむむ・・・いや、やっぱ下げるべきっすかね・・・。」
ヘスパウスは唸りながら譜面を睨みつける。
突然、スクっと立ち上がったかと思うとエレキギターを構え
ギターアンプの電源を入れる、ピックを手に取ると一気に掻き鳴らした。
ロック調の曲だ、しかし激しいわけではなく、若干緩やかなスピードの。
ただ一心不乱に曲を弾く、何度も何度も同じ所を繰り返す。
静かだった森の中に、電子の音が刻み込まれてゆく。
弾いているうちに、だんだんと曲が作られているようだった。
30分ほど演奏したろうか、ヘスパウスはエレキギターを外し一気に
楽譜を書き上げる。今演奏した曲が譜面に描き出されていく。
「できたぁ〜っす!!」
嬉しそうに飛び上がるヘスパウス。
「そうだ!名前!曲に名前つけないと!」
ヘスパウスは歌詞のことを忘れている。
「なんて名前がいいっすかねー」
座り込んで腕を組み、しばらく黙り込む。

「そぉだ!!!っす!」
ポン、と手をうったかと思うと勢い良く楽譜に曲名と歌詞を
書き出した。ものの数分で歌詞は書き上がり、歌は完成した。

「“Lux”!コレに決定っす!」

感無量といった風に万歳をするヘスパウス。
かくして“Lux”という歌は出来上がった。






          





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