ルシフェルは自室に戻り、ベッドに横たわっていた。
ぼんやりとした視線で天井を見上げ、じっと動かない。
「・・・ルシア・・・」
ポツリと、愛しい存在の名前を呼ぶ。
脳裏に浮かんでくる、優しい笑顔。
「・・・―――っ!」
奥歯を強く噛み締め、ブランケットを引き寄せる。
一人きりのベッドは何故か、いつもより広く思える。
外はすっかり暗闇だ、空には星が輝いている。
ルシフェルは天井に向けて腕を伸ばした。

遠い、と思う。

ルシアが確保されている神界、そこにはあらゆる国、宗教の
神が住んでいる。その神界の何処かに、ルシアは囚われている。
しかし、ここは“失望の楽園”・・・地獄の最終獄だ。神界と地獄の
間には幾千億もの距離がある、あまりにも遠く果てしない距離が。

今ルシアは何をしているのだろう・・・元気にしているだろうか?
酷い仕打ちを受けていないだろうか・・・いったい誰に確保
されているのだろう・・・上の連中でなければいいのだが・・・。
ルシア・・・今も俺を愛してくれているだろうか、俺を覚えていて
くれているだろうか・・・もし、俺を忘れていたら・・・俺は・・・。

俺は・・・どうすればいい・・・?

ルシアを助け出すと決めたにも係わらず、ルシフェルの想いは
まだ迷走していた。ルシフェルは恐れていた、ルシアが、もし
自分以外の誰かを愛していたら―――そう思うと眠る事も出来ない。
「ルシア・・・くそっ・・・」
そんな事を考えても無意味だと、解っているのに。
ルシフェルに出来る事は、ルシアを信じる事だけなのだ。
「―――・・・ルシア・・・愛している・・・」
小さく呟いた、言葉。
ルシフェルはゆっくりと眠りに落ちていった。

















幾つもの朝が来て、幾つもの夜が過ぎた。
幾つもの戦いの中で、何万という命を奪った。
血に塗れ、身を削る戦争を、幾度と無く繰り返した。
ルシフェルが目覚めてから人間時間で2ヶ月が過ぎていた。
今日もルシフェルは大将の首を取った、これで何回目だろう。
服は返り血で汚れ切っている、手に握られた剣も同じだ。
ルシフェルの周囲には、動かなくなった反乱軍の兵士たちが
溢れている。全員首を切られ、即死だ。ルシフェルは剣を収める。
2ヶ月の間ルシフェルは今まで通りサタンに忠節を尽くした。
そうする事が最大の恩返しになるし、ルシフェルにはそれしか
出来る事がなかった。2ヶ月の間ルシフェルはずっとルシアの事を
想い続けていた、ルシアを想わなかった日は一日としてなかった。
「ルシ、話があるの。」
メフィストフィレスだった、ルシフェルは彼女に近づく。

「ルシアさんの事よ」

メフィストフィレスの短い言葉に、ルシフェルはゴクリと喉を鳴らす。
「解ったのか」
焦る気持ちをなんとか押し止め、冷静な声音で話す。
「全部じゃないけど、ね。」
メフィストフィレスはそう言ってルシフェルに紙を手渡した。
紙に書かれていたのは神界の全体図だ、その一部分に赤い丸がしてある。
「その丸の部分に、ルシアさんは居るはずよ。
 ただ、あたしが探れたのはそれだけ、誰が
 確保してるのかも、護衛兵が居るのかも
 解らなかったわ・・・それでも行くつもり?」
メフィストフィレスの言葉に、ルシフェルは答えない。
手渡された紙を懐にしまうと速い足取りで城に引き返していく。
「・・・素直じゃないわね、ホント・・・」
メフィストフィレスはどこか嬉しそうにそう言った。










鬱蒼と茂った森の中で、ヘスパウスはゴロゴロしていた。
ヘスパウスは、いつもの巨大なドラゴンの姿をしていない。
身に纏っているのは黒いドレス調の服だ、上は上下が
V字に割れたチューブトップ、下はまるで羽のような形に
デザインされた長いスカートである。腕は袖が羽の形に
なっているアームウォーマー。足には黒と白のストライプの
長靴下。靴は焦げ茶色のブーツである。チューブトップと
ブーツと腰に、赤いタータンチェックのリボンが括り付けられている。
頭には、位置的に落ちてもおかしくないような位置に、ミニハットが
乗っかっていた。白いリボンと、黒い羽の生えた赤い薔薇が目に
鮮やかだ。黒い羽の生えた赤い薔薇からは、金の鎖が垂れていて
鎖の先にも少し小さいサイズの黒い羽の生えた赤い薔薇があった。
髪の毛の色は明るいオレンジ、瞳は鮮やかな紫色。顔は美少女だ。
ヘスパウスの手には人間界の雑誌がある、熱心に読んでいた。

「ヘスパウス」

ルシフェルだった、ゴロゴロしているヘスパウスを半眼で見ている。
「あわわわわ!ごっ御主人!どーしたっすか!」
明らかに慌てて読んでいた雑誌を隠す。
「・・・話がある」
ルシフェルはヘスパウスの行動に目を瞑り、本題に入る。
「なんすか?」
ヘスパウスはきちんと正座してルシフェルに向き直る。

「ルシアを助けに行く」

ルシフェルは、ヘスパウスにもルシアのことを話していた。
それはルシフェルが人間界で目覚めた、人間時間で4年前の話である。
「・・・ガチっすか」
話す口調とは裏腹に、ヘスパウスの顔は真剣であった。
ヘスパウスは悩み苦しむルシフェルを間近で見てきた。
誰よりもルシフェルの苦しみや悲しみを解っているつもりだ。
「正気だ、手伝ってくれるな?」
ルシフェルは有無を言わさぬ口調で迫る。
ヘスパウスはもとよりルシフェルを止める気は無かった。
主人の命令は絶対―――それが使い魔の宿命だ。
「了解っす!そんでウチは何すればいいっすか?」
嬉しそうに敬礼のポーズをしてみせる。

「歌え、貴様の一番好きな歌を。」

静かな声音で、ルシフェルはそう言った。
ヘスパウスは久々の大きな出番に、心を振るわせる。
「了解っす!最高のステージにするっすよぉ!」
楽しそうにそう言うと、森の奥深くへと消えて行った。






          





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