青年は口にしていた煙草から煙を吐き出す。
「しっかし、ルシのやつ・・・こんな美人を
 泣かすなんて・・・ヒデェ事しやがるなぁ」
呆れたようにぼやいた台詞を、ルシアは聞き逃さなかった。
「知ってるんですか?!ルシフェルさんの事!!」
青年の面をじっと見つめる、青年はルシアの
気魄に少したじろぎながらゆっくりと口を開いた。
「あぁ、昔縁があってな・・・アイツには色々
 助けられてな。借りがあるんだ、アイツには」
どこか昔を懐かしむかのようにそう語った。
「で?アンタはルシに何されたんだ?」
ルシアは自己紹介をしていなかった事にやっと気がついた。
「あたし、ルシア・フォーリングといいます
 ルシフェルさんとは・・・そのぉ・・・
 夫婦・・・です、たぶん、きっと・・・。」
ルシアは顔を真っ赤にしてそう言った。
彼女のその台詞に、青年は驚きを隠せない。
「・・・アンタ、人間だよな?」
ルシアの姿をまじまじと観察する。
青年は再び煙草の煙を吐き出すと、髪をクシャっと掻き乱した。
「マジかよ・・・意外だなー・・・ルシは人間嫌い
 だって言ってたのに・・・アンタとねー・・・。」
少し戸惑いを含んだ表情で、再度ルシアを見つめた。
「あのぉ・・・あなたのお名前は?」
ルシアが青年におずおずと尋ねる、青年はニカッと笑った。

「レオン・ブラックウィング
 元・救世主だ・・・よろしく」

ルシアの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「・・・きゅーせーしゅ?」
レオンが発した聞きなれない単語に、ルシアは首を捻る。
ルシアの発した声音にレオンは可笑しそうに笑った。
「イエス・キリストは知ってるだろ?」
小さくむくれるルシアに、レオンは解いて聞かせるように言う。
「神は基本的に、人間を救っちゃいけないんだそーだ。
 人間を救って良いのは、神が定めた特殊な存在のみ
 ・・・つまり救世主だけなんだと。俺は救世主一人目。
 イエス・キリストが二人目、他にも居るらしいけどな。」
レオンはそう言うと煙草の煙を勢い良く吐き出した。
ルシアはレオンの説明を聞いて呆然としている。
「・・・大丈夫か?」
レオンは心配そうにルシアの顔を覗きこむ。
「あ、ひゃい!」
ルシアはまたも間抜けな声を発してしまった。
「んで?アンタはなんで獄に繋がれてんだ?」
ルシアは少し逡巡して、そしてゆっくりと口を開いた。
「・・・ルシフェルさんとの間に・・・子供が出来たんです」
静かに紡がれた言葉に、レオンは驚きを隠せない。
「その子は産まれてすぐ取り上げられちゃって
 ・・・今どうしてるのか判らないんですけど
 あたしは、ルシフェルさんと係わったから
 天国に行けないらしくって・・・・だから
 ここに幽閉されてるらしいんですけど・・・」
ルシアの顔は辛そうな表情に変わっていた。
「どうして、いけないんでしょうね・・・?あたしは
 ルシフェルさんのコトが好きなだけなのに・・・
 引き裂かれたうえに、こんな場所に幽閉されて
 ・・・会いたいのに・・・ルシフェルさんに・・・。」
ルシアの頬には、うっすらと涙が伝っていた。
レオンは煙草の煙を吐き出すと、ハンカチをルシアに差し出した。
「アンタの気持ちは良く解るよ」
ルシアはレオンのハンカチを受け取り、涙を拭う。

「俺、奥さんと息子が居るんだわ。」

レオンは遠くを見つめながら、ポツリと言った。
「ルナとラキって言うんだけどさ・・・俺にとって、何よりも
 大事な存在なんだわ。でも・・・俺もう死んでるからさ
 会っちゃ駄目なんだってさ・・・莫迦言うなよって話だよ
 会いたいに決まってるだろっての、でも・・・駄目なんだ。」
レオンは少し悲しそうな顔でルシアの顔を見つめる。

「それが、ルールだから。」

「そんな・・・そんなの間違ってますよ!!」
レオンの言葉に、ルシアはすかさず言葉を返す。
「そうだな、間違ってるかもしれない・・・けど
 決まっていた事なんだよ。俺は世界を救った
 そして死んだ・・・その代償なんだ、コレは。」
レオンはどこか自嘲的な笑みを溢す。
その表情に、ルシアは居た堪れなくなる。
「・・・寂しくないんですか?」
ルシアの質問に、レオンは答えない。
ただ、静かに笑うのみだ。
「なぁ・・・ルシアさんだったか」
レオンがルシアの髪をグシャグシャと掻き乱す。
「教えてくれねぇ?何があったか」
ニカッと、太陽のように眩しい笑顔で笑いかける。
ルシアは乱れた髪を綺麗に整えた。
「別にいいですけど・・・レオンさんも教えて
 くれますか?昔のルシフェルさんの事とか。」
レオンは軽く頷いた。
「あ、でもちょっと待っててくれねぇ?俺
 色々制約があってさぁ・・・長い時間
 外出するのにも許可が要るんだわ、すぐ
 許可貰ってくるから、ちょっと待っててな」
そう言うと、レオンは煙草の火を靴底で揉み消した。
ふう、と意識を集中すると、レオンの背中から大きな
翼がバサリと生えた。純白の翼が太陽に煌めいている。

―――・・・綺麗・・・―――

ルシフェルとはまた違った、『陽』の美しさ。
レオンは『太陽』で、ルシフェルは『月』であろうか。
それ程まで対極しあっている両者―――。
「レオン・・・さん」
飛び立ってゆくレオンの背中を、ルシアは見つめていた。

―――不思議な人―――

今日初めて会ったのに、そんな気がしない。
ずっとずっと昔から知っていたような・・・。
そんな気がする・・・どうしてだろう?

ルシアはヒラヒラと舞い落ちていく白い羽を掬い取る。
それは、まるで太陽から零れ落ちた光の欠片の様だった。






          





inserted by FC2 system